夢=Dream=

茜木温子



=プロローグ=

「……暑い」

 いたるところでスカートを捲り上げる音が聞える。そして多分にもれずあたしもね。

「……温子、お行儀悪いわよ?」

 諦め顔で温子の顔を覗き込むのは緑川香織、一年の時からの同級生。

「だぁって暑いんだもん……女子高だからできる特権よね? 共学じゃあ出来ないわよ」

 温子が周囲を見わたすと可愛らしいパンツがあちらこちらに見える。

「当たり前! ダメよそんな事でどんどんとガサツになっていくんだから」

 香織は眉毛を吊り上げながら怒っている。

「ヘヘェ、一応校外ではおしとやかにしているよ?」

「そういう問題じゃないのよ……もぉ」

 香織は諦めたように温子の席の隣に座る。

「……ポテトもらっていい?」

 香織は温子の席においてあったポテトの袋に手を突っ込む。

「いいって言いながら、もう取っているじゃないのよぉ」

 香織は取り出したポテトチップを美味しそうに口に放り込む。

「いいじゃないのよ、減るものじゃないしぃ」

「減るよ!」

 温子は膨れっ面で香織を見る。

「そんな顔をしないの、もてないわよ?」

 意地の悪い顔で香織は温子の顔を見る。

「いいモン、もてたいなんて思っていないモン!」

 フグと競っているように頬を膨らませる温子の向かい香織は声高々に笑う。

「アハハ、ホント、もてないくせにもてるのよねぇ……羨ましいわ」

 香織はフッと表情を曇らせる……香織?

「エヘ、まさか彼を振るなんて思ってもいなかったから今でも驚きよ」

 優しい表情の香織、その表情を持つ意味を温子は良くわかっていた。

「……香織」

「もぉ、そこで落ち込まないでよね? あたしはあんたを恨んでなんかいないから!」

 意地の悪い顔を香織は浮かべる。



=真人=

「茜木温子さん、僕と付き合ってください!」

 蝦夷梅雨と呼ばれる長雨が続いている時校門で待ち伏せしていた男の子にいきなり告白される、まぁそこまではうちの高校では良くある事だったが、その告白をされたのがあたしとは。

「ま、真人?」

 隣にいた香織の顔が蒼ざめていたのは今でもよく覚えている。

「エッ?」

 告白される事になれていない温子はどうしていいのかわからずにその場にボォ〜ッと立ちすくんでいた。

「ちょ、ちょっと真人、どういう意味なの?」

 普段は冷静な香織が珍しく取り乱している、それもそのはず、彼、瀬川真人君は香織の幼馴染で、香織の大好きな人。

 きっと香織がいなかったらあたしが取り乱したであろう、だってあたしはずっと香織と真人は付き合っているもんだと思っていたから。

「香織……ゴメン」

 頭をさげる真人に対して香織の頬に涙が零れ落ちる。

「……フ、フーン……そうなんだ、真人が温子の事をねぇ」

 気勢を張る香織の事を見ていて温子は胸が苦しくなる。

「……良かったじゃない、彼氏いない暦十七年にしてやっと終止符が打たれるようね?」

 香織はそう言いながら温子を一瞥すると走ってその場を立ち去ってゆく。

「香織? ちょっと香織!」

 その言葉は雨音に消されているのであろう、香織は振り向くことなく雨で霞む函館の街に消えてゆき、そして温子と真人だけが残される。

「……香織」

 傘を叩く雨音にかき消される温子の呟き、そして隣に立っている真人は唇を噛んでいる。

「……ゴメン、真人君、あたし……」

 温子はそう言いながら真人の顔を見る、きっと彼にとって見れば一世一代の決意だったのであろう、その気持ちにあたしは応えることが出来るの?

「……気にしないでくれ、俺は素直な気持ちを伝えただけだから……」

 そう言い笑みを浮かべる真人だが、その視線は今香織が消えて行った方を見ているような気がする。

「素直な気持ち……」

 本当に真人君の気持ちがあたしなの?



=香織=

「香織ぃ……」

 登校するといつもの席で香織がぼけぇっと佇んでいる。教室内はそんな事があったとは知らずいつもと同じ光景が繰り広げられていた。

「ん? あぁ、温子……おはよ」

 香織は微笑むものの、その微笑には力が無いように思える。

「おはよって……」

 何か言って励まそうと思ったが、その励ましの言葉が浮かんでこない、何を言ってもきっと香織を励ます事なんてできないだろうなとも……。

「……なにそんな落ち込んだ顔をしているのよ、失恋したのはあたしだぞ!」

 香織は不意に顔を上げ温子の顔を見る。

 香織?

「良かったじゃない、あんたのような、はねっかえり娘の事を好きって言ってくれる男の子がいるだけでも珍しいわよ、しかも……真人が」

「何々、どうかしたの?」

 机の周りに他の生徒が集まってくる。

「都ぉ聞いて、昨日ねぇ、温子ったら告白されたんだよ」

 ショートカットのボーイッシュな都はそれを聞いて嬉々とした目で温子を見る。

「ほんとぉ? あっちゃんを好きだなんていうのは……どんな女の子だった?」

 ちょっと、何で女の子なのよぉ。確かに女の子から告白される事はよくあるけれど。

 温子が睨むように都を見るとその隣から甘ったれたような声がする。

「うそぉ〜、何で温子ちゃんに告白する人がいて、あたしにはいないのぉ」

 美樹、あたしに喧嘩売っているのかな?

 温子が見るその娘は髪の毛にリボンをつけ可愛らしい格好なのだが、言う事は結構きつい。

「……やだなぁ、温子ちゃん、男なんてやめといてね? 女同士の方が絶対にいいって」

 どう良いんだか……。

 今にも泣き出しそうな顔の愛美は温子の顔を正面から見ている、手を合わせながら懇願されているみたいね?

「しかも、その男の子って、あたしの憧れの人なのよ、あ〜ぁ、あたしはめでたく失恋って言うことねぇ、悲しいかも……」

 おどけたような表情で香織は温子の事を見ている。

「エェ、香織の好きな人があっちゃんの事を好きだってぇ……世も終わりだ」

 都はそう言いながら大げさに顔を手で覆う。

「香織ちゃん大丈夫だよ、温子ちゃんの本性を見れば彼だってわかってくれるよ」

 美樹やっぱりあたしに喧嘩売っているでしょ?

「温子ちゃん……ダメ」

 そっと腕を取られ、その相手を見るとそこには愛美は涙を浮かべながら温子を見上げていた。

「もぉ! あたしにはまだ分からないの!」

 愛美の腕を振りほどきながら思わずそういってしまった。

「……それじゃあ」

 香織の目がつりあがってゆく。

「……ゴメン、あたしにはまだ……分からない」

 パチーン!

 教室内に響き渡ると同時に温子の頬がヒリヒリと熱を持ってゆく。

「香織?」

 狼狽する都と美樹、反動でよろける温子を支えるのは愛美、そして温子の視線の先には怒りに目を吊り上げた香織の顔。

「温子の馬鹿!」

 香織はそう言いながら教室を飛び出していく。

「ちょ、ちょっと香織!」

 その後を追い温子も教室を飛び出す。

「香織ちゃん、温子ちゃん!」

 背後からは都なのか美樹なのかの声が聞こえてくるが温子は香織の背中を見て追いかけるだけだった。

 登校してくる生徒はみんな振り向く、それもそのはず、既に予鈴は鳴っている、走るとしたらみんな教室に向って走るはずだ、それをこの二人は反対に校門に向って走っているのだから。



「香織!」

 どこまで走ったのだろうか、目の前に函館湾が見えるところでやっと香織の腕を掴む事ができた。

「温子?」

 香織の顔は涙でぼろぼろになっている、いつものように毅然とした様子はまったく影を潜めている。そんなにまで好きだったんだ真人君の事が……それに比べてあたしは?

「やっと捕まえたよ……」

「何で追いかけてくるのよぉ」

 香織は再び涙をこぼす。

「何でって……」

 何でだろう、何であたしは香織の事を追いかけたのだろう。

「……あたしの気持ち知っているくせにぃ」

 呟くように香織が言い、その場に泣き崩れる。その身体を温子が支える。

「……香織」

 そう知っている、だからあたしも辛い……真人の事もよく知っている、あたしの一番身近にいる異性だとも思っている、恋愛の対象になってもおかしくない、でもあたしの気持ちは。

「……ゴメン、八つ当たりだよね?」

 香織はそう言いながら温子の顔を見上げる。

 止め処も無くこぼれる涙を香織は拭おうとしない……もう拭えないのであろう。

「そんな事無いよ……」

 温子はそう言いながら香織の肩をぽんと叩く。

「温子……ゴメン」

 香織の両目からこぼれるものは徐々に収束を向かえていた。

「あたしもいけないよね? はっきりしなくって……」

 温子はうつむき自分の考えを探る。

「どうなの? 温子は好きな人はいるの?」

 その台詞に顔が赤らむ。

「好きな人なんって……そ、そんな人い、いないよ」

 温子のその一言に香織は微笑む。

「……真人は?」

 意地の悪い顔でいる香織に温子は戸惑いながら言葉を考える。

「……男の子である事には間違いないんだけれど、でも、きっと友達かな?」

 また引っ叩かれるかな? ちょっと覚悟をしながら温子は答える。

「あたしはずっと気がついていたんだ、真人があなたの事を好きだって言う事にね?」

 えぇっ!

「な、何で」

「何でって、あたしは真人の事が好きなんだよ? 真人の行動を見れば一目瞭然じゃない、妙にあんたに気を使う事とか、行動の節々にあなたを好きって言うのが分るわよ」

 香織はそう言いながら温子にウィンクを送る。

「そんな……あたし全然」

 そう、全然気がついていなかった……人並みに人を好きになった事はあっても、人に好かれるなんてそうそうあるわけじゃないし、告白されたのもこれがはじめて。

「はは、なんだか真人がかわいそうになってきたわ……でもこれでめでたく三角関係が復活ね?」



「ゴメン、あたしまだ好きとかってよくわからなくって……だから本当になに言っていいかわからないし……ゴメン」

 優しい顔で真人は温子の言う事を黙って聞いている。

 本当は香織にも一緒にいてもらいたかったのだが、香織にどやしつけられてあたし一人で真人と二人で話をしている。

 勇気を振り絞ってそう香織に後押しされながら温子は真人と顔を合わせている。

「わかった……でもまだチャンスはあるよね?」

 真人はそう言いながら温子の事を見る。

「チャンス?」

「そう、俺は温子ちゃんのことが好き、その事だけは事実なんだ、付き合いたいから告白したんじゃない、自分の気持ちに素直になりたかっただけ、だから今は後悔していないよ」

 なんだか真人はさっぱりした表情を浮かべている。

「自分の気持ちに素直に……」

 温子の心の中にその一言がいつまでもリフレインしていた。



=喫茶シュリンプ=

「温子ぉ、帰りにシュリンプ寄って行こうよ、フラッペ食べたい」

 一学期が終わり、夏休みに突入したその日、温子がカバンに教科書を詰め込んでいるとポンと頭を叩かれる。

「香織、あたしこれからお店に行くんだけれど」

 ため息交じりに温子が言うと香織はニヤリとした表情を浮かべる。

「……おごるよ」

「是非ご一緒させていただきます!」

 おごりという一言に弱いのよぉ……。

「都、どうする?」

 香織は都と美樹に声をかける。

「ごめぇ〜ん、あたしこれからバイト」

 手を合わせながら都は教室を飛び出してゆき、美樹もそれを追いかけるように出て行く。

「……付き合い悪いなぁ」

「……付き合うよ」

 いきなり二人の間に割って入ってくる、というよりも温子の腕に抱きついてくるのは愛美だった。

「わぁ、びっくりしたなぁ」

 大げさに驚く香織に温子の頬が緩む。



「イチゴフラッペ!」

 一応メニューを一通り見回し香織は最初の目的のものをオーダーする。

「あたしは……フルーツパフェかな?」

 温子は写真に載っているその芸術的なものが現実に自分の手元に来る事を想像してにっこりと微笑む。

「あたしは……パンプキンパイ」

 温子の隣で幸せそうに座っている愛美はオーダーするとすぐに温子にくっつく。

「愛美、あんまりくっつくと暑くない?」

 温子は苦笑いを浮かべつつ愛美の顔を見るが、その顔は幸せ一杯といった雰囲気だ。

「あたしは温子ちゃんといつまでも一緒にいるの」

 はは、そうですか……。

 温子はあきらめにも似た笑顔を作りながら目の前でニコニコしている香織に視線を向ける。

「それで?」

 意地の悪い笑顔になる温子。

「エッ? 何が」

 シラを切るように香織は言うが、口の端に笑みが残っている。

「ごまかさないでよ、何かいいことあったんでしょ?」

 温子はそう言いながら香織のおでこを中指で突っつく。

「そんな、いい事なんて……」

 頬を赤らめながら香織はうつむく。

 か、可愛い……こういう仕草が簡単に出来るなんてすごいかも……あたしは練習しても出来ないよ、きっと。

「ただ、昨日真人から電話があって、今度の日曜日に映画でも行こうなんていってくれたから」

 ヘイヘイ、ご馳走様でした。

「でも、真人君って、温子ちゃんの事が好きだったんじゃないの?」

 温子の隣で愛美はそういう。

「愛美、そんな事言わないでよ、もう一ヶ月以上も前の話をぶり返さないで」

 そう、一ヶ月前に温子の気持ちは真人に伝えた、真人はそれでも友達として今までと同じように温子に接してくれた。

「ヘヘ、あたしと温子と真人は三角関係だったんだよ」

 香織はそう言いながら愛美のおでこを中指でぱちんとはじく。

「ぶぅ……あたしが入って四角関係」

 なんなんだそれは……。

「まぁ何はともあれよかったじゃない、応援させてもらってもいいかしら?」

 温子はそう言いながら香織の顔を見る。

 正直こんな事を言っていいのかとも思う、複雑な思いもあるが、香織は素直にそれを喜んでくれているみたいだ。

「当然、温子が応援してくれれば百人力よ」

 素直に喜ぶその香織の顔は輝き可愛らしかった。

「ハイおまちどうさま、フルーツパフェにイチゴフラッペです」

 馴染みのマスターが芸術的に盛り付けたそれを持って二人の前に置く。

「うぁぁ」

 二人はそれを見て感嘆の声を上げるとともに笑顔が膨れる。

「いただきまぁ〜す」

 それに手を伸ばすと同時に愛美の声が聞こえる。

「あたしのパンプキンパイィわぁ……」

 抗議するように愛美はマスターに膨れっ面を見せる。

「ゴメン、もうちょっと待っていてね? 愛美ちゃん」

 なだめるようにマスターは言うものの、亜美の頬は一気に膨れ上がる。

「アハハ、一人でもうちょっと待っていてね」

 温子と香織は二人声をそろえて笑う。



=それぞれの未来、そして夢=

「そうかぁ……香織はやっぱり大学受験だ」

 既に夏服から冬服に変わり、短いスカートがスースーする季節が訪れる。

「うん、温子はやっぱり?」

 進路相談を終えた温子は教室に戻ってくると香織や都が声をかけてくる。

「うん、やっぱりお母さん一人でお店をやるには大変だから……」

「そっか……あっちゃん大変だもんね?」

 都はそう言いながら温子の顔を覗き込む。

「……ううん、大変じゃないよ、だってあのお店はあたしのお父さんとお母さんの証なんだから、だからあたしの証でもあるの」

 そういう温子を囲んでいる顔には笑顔がない。

「な、何よ、皆しんみりしちゃって、都は短大に行くんでしょ?」

 アクティブな印象のある都は看護師を目指して看護学校か短大に進学するといっていた。

「うん」

「美樹は保母さん」

 専門学校に願書を提出すると言っていた、これだけ可愛い保母さんなら子供達も喜ぶだろう。

「エヘ、まだわからないけれどね?」

 照れたような表情を浮かべる美樹はやっぱり可愛らしい。

「愛美は、東京の大学受けるんでしょ?」

 絵心の強い愛美は東京にある芸術大学に進み漫画家を目指すと夢を語っていた。

「そして、香織も札幌の大学に行く」

 皆それぞれの夢を持っている、もしかしたらあたしだけかもしれない、夢を持たないで、現実だけを見つめているのは……いいのかしら、こんなので。

「……あたしの将来の夢かぁ」

 そう呟く温子の見上げる窓の外にはやけに早い初雪が落ちてくる。例年よりも早いその白いものは、長い冬の幕開けを告げるものだった。

 一体あたしの夢は……。



「合格したよ!」

 そんな話を香織から聞いたのは年が変わり、バレンタインのチョコレートを後輩達から貰っている頃だった。

「おめでとう、夢にまた一つ前進だね?」

 温子はそう言いながら涙して喜んでいる香織とともに抱き合いながら喜びを分かち合う。

「あたしも合格した」

 その隣で愛美も温子に抱きついてくる。

 なんだかこの娘に抱きつかれると邪な感覚に襲われるのは気のせいだろうか? 胸に顔を埋めるし……。

「お、おめでとう、これで漫画家への第一歩ね?」

 少し気にはなるが、彼女なりに喜んでいるのであろう、今日は大目に見ましょう。

 都も、美樹も既に進路が確定しており、それぞれの今後が決まる。

「真人も同じ大学に決まったよ……」

 ちょっと遠慮がちに香織はそういう、いつの間にか二人はそこまでの関係になっていたようだ。

「そうなんだ……まとめておめでとう、女子大生の香織さん!」

 温子は茶化すようにそう言い、香織にウィンクを飛ばす。

「それで、後は卒業を待つばかり……かぁ」

 寂しさが込み上げてくる。今まで三年間通ったこの学校、友達もいっぱい出来たし、色々な体験も出来た、何よりこんな友達と出会えた事が一番嬉しいかも……。

「いろいろあったなぁ……」

 温子はそう言いながら感慨深げにその教室を見わたす、泣いたり怒ったり、この一年だけでも色々あった、それが後数日で終わる。

 あたしにはあたしの人生がある……これからどんな人生があるか分らないけれど、でも後悔はしたくない、今日は明日のために、同じ毎日じゃあつまらない!

 そして数日後。

「卒業生、茜木温子」

 めったに立った事のない舞台上に呼ばれる。

「ハイ!」

 元気よく返事をして、制服をたなびかせながら舞台上に進み歩く。

「答辞、卒業生代表茜木温子」

 体育館に元気な温子の声が響き渡る。

 この制服を着るのも今日が最後……明日からは皆それぞれの道を歩んでいく。

「これからも、ずっと夢に向って突き進んでいきたいと思います、以上を持って答辞に代えさせていただきます、卒業生代表茜木温子」

 そう、夢に向って突き進む、それが若いからこそできる事なんだ。



「元気にしていてねぇ」

 校門ではまだ雪の残る道先のいたるところで別れが告げられている。

「温子、元気で……連絡するから」

 温子の制服からは既にボタンが無くなっている。

 後輩からねだられた結果、温子の制服はもとよりコートからもボタンがなくなっていた。

「うん、待っているよ」

 最後は笑顔でと思っていたけれど……やっぱりダメかも……。

 温子の頬には涙が零れ落ちる。

「お店に行くの?」

 愛美はそう言いながら、他の保護者に混じっている温子のお母さんを見つける。

「うん、今日は午前中休んじゃったから……稼がなきゃね?」

 まさかお母さんが来てくれるなんて思っていなかった、今日は休みじゃないし。

「ウフ、やっぱり温子にはあのお店がお似合いなのかもしれないわね? 茜木鮮魚店が」

 香織はそう言いながら温子のわき腹を突っつく。

「あたしもそう思うわ……あたしのお店だもん! じゃぁ、皆元気でね! またね!」

 温子はそう言いながら元気よくみんなに手を振る。

 そう、これが最後じゃない、またなんだ。



=エピローグ=

「あっちゃんがこんなに早く結婚するなんて思ってもいなかったよ」

 ウェディングドレス姿の温子の前には、ドレスアップした都や美樹、愛美の姿がある。

「あぁ、まさか温子ちゃんに先越されると思わなかったぁ……夢よこれはきっと」

 美樹はそう言いながら自分の頬をつねる。

 この娘はいつもあたしに喧嘩を売っているのかしら。

 微笑む温子の頬が引きつる。

「温子ちゃんが何で、相手はやっぱり男なの?」

 愛美ちゃん、この国では異性同士じゃないと結婚できないのよ……それ以前にあたしも男性と結婚したいし。

 半べそをかいている愛美に対して温子は苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ねぇ、香織は?」

 都がそう言いながら会場を見わたす。

 そうだ、香織と、真人はどこに言ったんだろう、招待状には必ず来るって書いてあったのに。

「ごめぇ〜ん、遅くなっちゃった、温子はいる?」

 いる? って、あたしの結婚式なんだもの、主役がいなくってどうするのよ。そんな聞き覚えのある声、香織だ。

「香織遅いぞ!」

 軽く睨む温子に対して苦笑いを浮かべるのは香織とその旦那様である真人だった。

「ゴメン、久しぶりにこっちに帰ってきたら旦那とあたしの親父がいつまでも飲んでいるから寝坊した……ほら、謝って!」

 香織はそう言いながら真人の頭を押す。

「そんな事言ったって、親父さんとの付き合いも大切だって言っていたのはお前だろうが、それに一緒に飲んでガ〜ガ〜いつまでも寝ていたのは誰だっけ?」

 真人は膨れっ面で香織を見るが、やがて優しい顔で温子のウェディングドレス姿を見る。

「……その、おめでとう」

 照れたように言う真人に対し温子も素直に頭をさげる。

「ありがとう」

「あたしもおめでとうを言ってもらいたいのよ?」

 香織はそう言いながら自分のお腹をさする。

「か、香織もしかして」

 温子は驚いた表情で香織を見て、そして優しい表情になる。

「ヘヘ、来年にはあたしはお母さんになるんだよ」

 照れたような表情の香織は既にお母さんの顔だった。

 やっぱり!

「おめでとう、香織!」

 そういう温子に対して香織は耳打ちする。

「次はあなたね? 頑張って元気な子供を生んでね?」

 その一言に温子の頬は真っ赤に変わる。

 子供を生むって……そんな、あたし達は……。

「もぉ、なに照れているのよ、今日はあなたの晴れ舞台……あなたの夢が結実する日なんでしょ、しっかりしろ! 茜木温子、ううん、今日からは……」

 そんな香織の励ましに涙がこぼれてくる。

「温子、行くよ!」

 あたしの旦那様から声がかけられる。

「はい!」

 そうあたしの描いていた夢……それは。

「お嫁さん、こっちに!」

「はぁい」

 あたしの描いていた夢はお嫁さん、そして素敵な奥さん!



fin